2012年6月29日金曜日

蕎岳的珈琲






蕎麦屋ブレンド珈琲どないだっ?
 食後のコーヒー 100円
 単品 200円

貧乏なのでコーヒーカップが買えません。(>_<)
蕎麦猪口で淹れています。
熱かったら座布団(コースター)ごと持ってお飲み下さい。

 今日、美女お二人から「おしゃれ!」って褒めていただきました。(^_^)v

んじゃまた
亭主敬白


2012年6月23日土曜日

「腹の立たないそば屋」とは

そば屋の親父が温厚で、とか言う話ではなくて、客として入ってソバ喰って、不快な思いをしない、気に障ることのない、味にのみ集中できる(結果的に不味くても)、そういうそば屋とはどういうもんか、を考察してみたいと。もちろんワタクシの極私的観点からでありますが。

清潔であるとか、スタッフの愛想がいいとか、そんなんは飲食店であるなら当然なのでここでは触れません。と思ったけど、親父が変に無愛想なのがそばジャンル的にはOKみたいな倒錯した考え方もあるらしいのであえて触れるけど、わざわざ足運んで金払って喰いに来てるんだから「媚びろ」とは言わないけどもうちょっとまともな口の効きようがあるやろう!ってのは心静かに料理を味わう状況ぢゃあないよね。聞いてんのか、コラ!と思い出し怒りに思わず没入してしまいました。んとにもう!ぷんすか!

閑話休題いたします。
そば屋に入って、天ざるをたのむとしましょうか。なぜ天ざるかって?そこが「手打蕎麦」謳ってるお店なら、とりあえずまずは冷たいお蕎麦を賞味させていただくのが礼儀というものでありましょう。したがって「ざる」(「もり」、「せいろ」とか色々あるけど、基本、冷たいつけ麺としてのお蕎麦、ね)。
そしてそのお店の売り上げに若干でも貢献しよう、わずかでも客単価を高くしてあげようという意味で「天ぷら」の附属した「天ざる」(天もり/天せいろ)。あ、ウソつきました。単にワタクシが天ぷら好きなだけです。
動機はともあれ、天ざるを注文。
程なくして運ばれてくる。

なんじゃこりゃあ!その1 (松田優作風に発音して下さい。)

猪口になみなみと ダシ without 汁徳利

たとえどれほど水の切れた蕎麦でも、やはり食べてるウチに猪口の中のダシは徐々に水っぽくなっていくものでありますよね。その時に汁徳利からダシを追加投入して原状復帰を図るわけですが、そのダシがない!水分含有量がいやまさっていくダシの状況を、手をこまねいて見ていろというのか!的な憤りがふつふつと。
さらに、近い将来に対する漠然とした不安も招来されるわけでありますね。つまり、いずれ確実にやってくる「そば湯」の時代、その時、このダシが大量に余っていたら一体どういう事態になるのだろうか、と。めちゃめちゃ辛いそば湯!味の調節も出来ない!塩分過多!血圧が!…、と迫り来る修羅場への恐れに全身が震えるのを覚える、的な。
いやあ、実際、ある手打ち蕎麦屋さんで、そんな事態に直面しまして。念の入ったことにそこのダシが藪系を思わせる辛いやつで、ちょん、としか浸けなくていい、ってゆーか、ちょんとしか浸けられない。案の定大量に残ったダシを前に途方に暮れた塩辛い記憶があるのです。いやあ、しょっぱいそば湯だったぜ!
お店の人は自分とこのそば、食べてないのかなあ?おいしく食べてほしいと思わないのかなあ?おそば、好きぢゃないのかなあ?なんて勘ぐりながら食べる蕎麦って、なんか情けないッス。

なんじゃこりゃあ!その2

天ぷらを何で食えと?

ざるそばのダシしかない、っていう天ざるはじつは結構ある、というかむしろそれが一般的なんだよね。
でもね、せっかくの温かい揚げたて天ぷらを、わざわざ冷たいダシに浸けちゃうんですか?
それ、なんとなく、学食で天ぷらに醤油かけるようなイメージなんすけど? また、ざるそばのダシって濃いですしね、これぢゃあせっかくの天ぷらの味がだいなしなんちゃうん?
 それに、ダシに油がついてぎとぎとになるじゃないですか。確かに天かす入りのダシで食べるざるそばや「天おろし」もおいしいんだけど、「天ざる」は天ぷらのこってりとおそばのあっさりとのバリエーションが好きなんですよね。と思うと天ぷらを食べるための手だてはやはり別に用意してもらいたいなと思うのです。
最低でもお塩くらい欲しいなあ。
で、やっぱ「天つゆ」がベストかなあ。両方ついてるともっといいかも。

てか、そおゆう思索が目の前のこの天ざるへ至る過程でどの程度おこなわれたのか、それが疑わしいのでありますね。そこんとこ、どやさ?と胸ぐらつかんで小半時ばかり問い詰めたい。
とまあ、時々凶暴な発作に見舞われる事があるほど天ざるの天ぷら提供形態への不満はたまっております。スムーズに天ざる喰わせてもらいたいなあ、と切にこいねがう次第であります。

なんじゃこりゃあ! その3

この量でこの値かい?!

山下洋輔さんが編んだ『蕎麦処 山下庵』という本に椎名誠さんの文章が載ってるのです。その名も「殺したい蕎麦」。小洒落た蕎麦屋で3~5口くらいで終わるソバ喰ってバカ高かって軽い殺意を覚えた、というエッセイで、ワタクシ、激しく同意いたすものであります。
  有名な観光地で十割蕎麦の看板に惹かれ天ざるを。あろうことかあるまいことか、1350円も出して13-15サイズの海老が一尾ぽっきり…。6-8くらいの常識外れの大きさの海老なら一尾で充分インパクトあるし、りーずなぼーなんですがねえ。
ええな~、リピーター作る努力せんでええとこは!と殺意と共に皮肉の100や200も言いたいところですが、なんにせよ、相場ちうもんがあるやろう?価格に応じた期待をそう簡単に裏切ってしもたら市場経済が崩壊してまうやんかいさ?「等価交換」ちう用語はだてに存在してるんちゃうねんぞ!とか憤りつつ食べる蕎麦が旨いはずはないよねえ。

なんじゃこりゃあ! その4

  うざい!うるさい!好きなように食わしてくれ~!

ちょっと天ざるから離れますけど、昔、おいしく思ったカレー屋さんがあったんですがね、ここがまあうるさい店で。注文の仕方をあれこれ指導してあげく勝手に決めよるし、喰い方までうるさく指導する。で、自分とこのカレーの自慢たらたら。 じゃかあしい!と、ちゃぶ台を(脳内で)何度かひっくり返した後、足が遠のいてしまいました。
なんじゃかじゃとこだわってはるお蕎麦屋さんでも、何度か、「塩で喰え」みたいなことを言われて「あ~うっとおしいなあ」。
塩で喰うのンを旨いと思う人がいることは否定しませんが、ワタクシ自身は、ソバ粉で作った麺の味を愉しむために蕎麦を食うわけではないのです。麺、ダシ、両者相まってのトータルな「蕎麦という料理」を味わいたいのです。塩で喰って満足するほど高尚な舌は持ち合わせておりませんのですよ。と、挑発的になる必要は全くないし、要は個人の好みの問題なんですが、それにしても他人様に迷惑をかけさえしなければどう喰おうが自由やんけ。
ま、ワタクシも作る側の立場が常ですから、お客さんにいろいろ言いたいこともあったりしますし、気持ちはわかりますけど、押しつけられるのはかなんなあ。情報提供は大切だけどその方法は考えないとねえ、って思うのですよ。
仮にですよ、店主が面と向かって「このソバは塩で食べて」と言ったとしましょうか、で喰う。不味い、なんて言えませんわな。店主に失礼やし、高い金払ったんだから旨いと思わな損、みたいな心理も働いてね。とはいえ、実際に旨いのも確かでしょう。「おいしいですねえ」。さあ、以後ワタクシはここでは滅多なことがない限り、塩蕎麦以外食べられなくなる。ダシに浸けて食べたいのに。でもそんなんしたら、ここで演じている「蕎麦通」の仮面が剥がれ落ちてしまう。店主への見栄もある。ダシほしいのに…。
こういう心理的負担を感じてまで喰う蕎麦って何?って思うのであります。
まあ、かなり妄想入ってますけどね。(^^)


と、他山の石を分析して自らを省みるわけでありますね。
できる限りスムーズに、余分な障害を感じずにお蕎麦を楽しめる、そんな蕎麦屋をめざしたいな、と。

思いがけずヒマなサタデーナイトです。(>_<)
サタデーナイト ヒーマー! ってか?

んじゃまた
亭主敬白

 

2012年6月18日月曜日

対面商売の愉しみ

当店の物件は以前おすし屋さんだったので、構造上、ワタクシ、カウンターをはさんでお客さんと対面しながら仕事してるんですね。んで、立て込むときはともかく、一段落したりヒマなときには色々とお話を伺うことができるわけで。
いやあ、これが実におもしろいなあ、と。

ある方は新聞社のOBの方ですが、同僚の方がかつて、伏見に住んでた稲垣足穂(!)にインタビューしたことがあったそうな。あのタルホ・イナガキだよ!「一千一秒」だよ!元祖ダンディだよ!すげー! で、タルホ氏、おから(調理前のやつね)にレモンの絞り汁かけて酒のアテにしてたんだそうな。まずそー!でも何となくタルホっぽい!
そのお話をしてくれた方によると、おからレモンは内田百閒先生もやってたんだそうな。百閒先生ならありそうだなあ。いやあ、文人、おそるべし。

ある素敵なご婦人。なんかの拍子で昔の話になり、ご出身は「満州国」新京(現 長春)とのこと。敗戦で大変な思いをして本当に命からがら帰国されたんだそうです。それもすごい話だけど、身内の方がね、陸軍中野学校出身でその手の活動に従事してはったんですって!すげー!で、ずいぶん危ない橋を渡ったこともあったそうな。んで、あの李香蘭(!)にも面識があったんだとさ!わ~、オレは今日、歴史にタッチした!

「天井桟敷の人々」をもじって「天ぷら好きの人々」っていう親父ギャグの映画ポスターを掲示してたんですが、それ見てあるご婦人、「私、昔、ジャン・ルイ・バローに会ったことがあるのよ」(!)。言うまでもなくフランス映画の金字塔、キネ旬1位「天井桟敷」(1945)主役の大俳優であります。なんでも、来日して舞台監督かなんかしてはったとき、稽古に立ち会う機会があって、本当に目の前で、間近に、すぐそばで、(くどいね)、見たんだって!へ~、すごすぎて言葉になりません。
ちなみにバローさん、すっごい神経質な人やったって。さもありなん、ですよね~。

 山科の西友はもう、出来て40年くらいになるのかしら。んで、山科西友は4階のフロアーになんか変な段差がついてるのですね。エスカレーター上がって左が2,3段下がってる。何でこんな使いにくい、歩きにくい設計なんだろうと不思議でした。かつてこの工事に関わった方によると、この階はもともとボウリング場として設計されたんだそうな。あ、な~るほど。あのくぼみはレーンが並ぶエリアだったわけか、言われてみればまさにボウリング場のつくりだなあ。施工中に変更されてボウリング場にはならなかったけど、フロアのくぼみは残り現在に至るというワケらしいです。なんだか、ブラタモリみたいな山科西友裏面史であります。

とまあ、こんな話の数々にめぐり逢えて、なおかつお金まで頂けるんだから、ホンマに愉しいですわ。これでもっとしっかり儲かったら言うことないんすけどねえ。

さて、こんなお話を聞かせてくれたみなさんは70代。他にもいろんなエピソードをお持ちだろうと思うのですね。これらを何とか残せないもんか?時代の証言記録とかオーラルヒストリーとかたいそうな意味づけも可能と思うのですが、このままほっとけば30年後にはほぼ確実に消えてしまいます。
例えばですね、お一人おひとりにきっちりお話を伺って、それをビデオ映像にして残すなんてどうでしょうか。「自分史」書くなんてなかなか大変でしょうしね。さいわいデジタル記録媒体は今や安いし場所も取りません。
地域の社会福祉協議会と歴史学会と民俗学会とで協力して、すべてのご高齢の方にインタビューしてその方の人生、時代の証言を記録する
実際のインタビューは(なんせ膨大なので)、高校生、大学生、その他ボランティアが行い、専門家がスーパーバイズする。
結果として、
1,証言記録が残り、 民衆史が豊かになる
2,一人ひとりの人生を聞くことでその方の人生を社会が認め尊重し、自己尊厳につながる
3,インタビュアーの人生、視野が広がり他者尊重の意識が根付く
4,認知症の方に対しては回想療法的な効果も期待できる、かも

 ほんとにねえ、なんとかしないともったいないなあ、と思うのですよ。

んじゃまた
暇を持て余してる亭主敬白

2012年6月12日火曜日

そば湯指南

そば湯の楽しみ方をご存じない方は結構おられて、かといっていちいち飲み方を指示するのもエラそうな感じがしてはばかられて、んで作る際には忙しい最中にそれなりのエネルギーを割いてお作りしてるもんで「やっぱしっかり楽しんで欲しい」と思うもんで、こんなん作ってテーブルに置く事にしました。






 いやあ、なんかね、我ながら『注文の多い料理店』っぽい感じがしないでもないんスけどね。
 ワタクシ自身、お店に入って注文の仕方やら喰い方やら店からあれこれ言われると「じゃかあしワイ!」とちゃぶ台を(脳内で)ひっくり返すタチですから、なるべく押しつけがましいことはせんどこと、思っておるのです。
 ただね、一方で、新しい知識を得ると何となく得した気分にもなりますしね。(翌日には忘れてることも多いんスけど… (^_^;) )
 んなわけでさりげなく情報提供をして、プチ異界であるところの蕎麦ワールドのガイドをつとめさせていただこうと。

 んじゃまた
亭主敬白


 

2012年6月8日金曜日

「十割そば」を考える

「十割よりも二八の方が好き」という方が結構おられるのですね、んで従って十割ではなく「二八」とご注文される。
もちろん嗜好は人それぞれなので、それをとやこう言うつもりはないのです。ただ、ワタクシ、そば屋に入って十割がメニューにあれば(懐に余裕のあるかぎり)必ず 十割を撰ぶのでありますね。なぜって、絶対二八よか旨いし。ってか、そう感じるし。
ですから、二八の方がうまいって言う方のお言葉はお言葉として受け止めながらも、なんでだろーと思っていたのです。オレの舌、おかしいのか?
そばが旨い、と知ったのはワタクシ、亀岡の「拓朗亭」さんや羽束師の「膳」さんのおそばであります。十割です。ので、デフォルトで十割は旨いと体感しているのです。ホントにおいしいと思います。それよりも旨い二八があるのか?
いろいろ文献をみると例えば故藤村和夫氏なんかも二八の方が旨い、と書いておられる。二対八が黄金比のように言う人もいるらしい。ふ~ん。

お客さんのいわはることで「ははあ、そゆことか」と思ったんですが、一般的な十割そばのイメージというのは、黒い、短い、太い、ぼそぼそ、という感じらしい。
ワタクシが感動した十割そばは、うっすら緑がかって細く長く、つるつるとすすり込むとソバの風味と甘みが口中に拡がる、という奴なのですよ。
これは全く別の種類のもんとして見ないと話が混乱するばっかりだなあ、と思い至った次第であります。
つまり、同じ「十割」というソバの配合割合を指す用語で示される特定のおそばですがその内実には、使用するソバ粉の種類(そばの実の部位)、ひき方、粉の細かさ、さらに言えば打ち方の違いによってできあがる無限のバリエーションを含んでいるわけでありますね。たとえて言えば「日本人」にはその人数分だけのバリエーションがあるのと同じなわけで。

で、製粉技術が発達していない時代や、そばに白さや長さを求めない場所では、十割のそばは、長くつながらない、外側に近い部位も混じって色黒く食感悪い、といった事になったのではないか、小麦でつなぐ二八の方がうまいじゃんという大方の評価が定まったのではないか、とあんまり文献的な根拠なく想像してるんですけどね。
それと、水だけではつながらないので、熱湯でソバ糊をつくってつなぐ「湯ごね」の必要があって、その分風味がとんでしまい、水だけでつなぐ二八に比べて風味もイマイチ、ということもあったかも。

逆に言えば、二番粉三番粉を細かく挽いて水だけでつなげば、二八よりも確実においしくなるんちゃうん?と思ってるんです。


とまあ、このへん、、駆け出しのチンピラそば屋の根拠レスな推理と想像ッスからホンマのところはよくわからんのですけどね。すんません。

まあ、何が言いたいかというと、十割でもいろんな十割があるけど、おいしい十割は問答無用でおいしいよ、ってことなんですが。
ワタクシの打つ十割が「問答無用でおいしい」かどうかは議論の別れる所ですし、個々人の嗜好の問題も無視できませんが、少なくとも、賄いを食べるワタクシと当店のスタッフは、ウチの二八と十割を比べたら問答無用で十割に軍配を揚げるのですよね。ホントにね~、二八より絶対おいしいんだよ~。

ひとつの野望として、先々、どっかの時点でウチのおそば、二八から十割に全面的に切り替えたいなあ、と思ってましてね。 やっぱり十割はおいしいし、それに二八打つときの小麦粉とソバ粉を別々に計る作業がとてつもなく大変な手間と重労働なもんで… (^o^)
しかしながら毎日枚数限定で十割を打ってるんですが、本日十割の売上はわずかに二人前(!)。ワリにあわないなあ、と。

んじゃまた
亭主敬白



2012年6月4日月曜日

トイレの神様


当店のトイレには、それはそれはキレイなカトリーヌ・ドヌーブ似の女神様がいるんやで~

これで男性の立位排泄による飛沫汚染問題が見事解決!快傑ヒルガオ! ってことで。



いいのです、わかる方にだけご理解いただければ。

んじゃまた
亭主敬白
近ごろは亭主軽薄のほうがふさわしいかと…

2012年6月2日土曜日

蕎岳6月のメニューブック



と、まあ、こんなもんス。ご参考までに。
御来店 お待ち申し上げております。


んじゃまた
亭主敬白